東京農業歴史めぐり
小笠原のバナナ
天保元年(1830)、無人島であった父島にハワイから最初に移住した欧米系の人達により、バナナが持ち込まれました。
明治39年頃からバナナ栽培は急激に増加しました。まだ日本に台湾バナナが輸入されていない時代、本土での小笠原バナナは独壇場で、栽培面積も130ヘクタールに及び、農家はバナナ景気に沸きました。しかし、明治45年頃からバナナの病気が大発生し、大正4年には全島に広がり生産は壊滅状態におちいりました。
小笠原のバナナは10〜13センチと小型で皮が薄く黄熟し、風味がよいため人気があったので、農家の努力で大正12年には栽培面積も、110ヘクタールまで回復し、内地向けのバナナボートが年20回にもなりました。今では、外国産大型バナナに市場を奪われてしまいましたが、大正と昭和の天皇陛下ご即位に伴う大嘗祭に、このバナナが献上されました。
小笠原神社
小笠原村父島扇浦小曲